「いつか辞める」と自分に言い聞かせながら、14年間家族のために体を張って頑張ってくれた主人が佐川急便を辞めると決めたとき、正直、私はほっとしました。
主人はとにかく責任感が強い人で、本来は立ち上がれないほど激痛のぎっくり腰を起こしても、39度の高熱の日でさえも、どんなに私に反対されても、「同僚に迷惑がかかるから休めない」と体を引きずり無理やり働き続け、いつか体を壊すんじゃないかといつも心配でした。
そんな自分のことは二の次にして我武者羅に会社のため、家族のために働く姿を横で見ていた私は、「これからは体を大事にしてほしい」と、とても安心したのを覚えています。
でも現実は、残酷でそんなに甘いものではありませんでした。
退職の先に待っていたもの
42歳、高卒、資格なし。
次に選べる仕事は、結局また同じ運送業しかありませんでした。
しかも、提示された給料は今までの半分以下。頭が真っ白になり愕然としました。
体を守るために辞めたはずなのに、再就職しても同じような仕事、しかも収入は大幅にダウン。
まさに「本末転倒」「お先真っ暗」とはこのことでした。
今にも落ちそう崖っぷち
その頃の私たちには、ほとんど蓄えはなく、
毎月の住宅ローンに、食べ盛りの3人の子どもたちの教育費や生活費。
家計簿とにらめっこしても、どう考えても足りない。私の収入もこれ以上増やせないし…多少の退職金は出るものの、今までの収入が半減したら到底やっていけず家計破綻が確定の崖っぷちの状況でした。
「このままじゃ生活できない…」
通帳を開いては、微々たる残高の数字をぼーっと眺めてため息をつく。
未来を想像するだけで怖くなり、絶望感で押し潰されそうになり、夜も眠れない日々が続きました。
夫婦喧嘩が絶えない日々
そんな状況の中、さらに追い打ちをかけるように、夫婦仲も険悪になっていきました。
「給料半分じゃ足らないよ!?」
「どうやって生活していくの!?」
毎日のように責め立てる、不安でいっぱいの私に、主人もどうしていいか分からず、解決策も見いだせない状況。
いつの間にか会話はヒートアップして怒号飛び交う喧嘩に発展し、家の中はピリピリとした空気が漂い、最悪な状態でした。今思えば、恐らく子どもたちに不安な思いと心配を沢山させてしまったと思います。
あの頃の私たちは、出口が見えない迷路に迷い込んだような不安な気持ちでいっぱいで、いつも暗い顔で笑うことすら忘れていたように思います。
真っ暗な闇の中で
「夫に辞めてほしいけど、辞めてほしくない」
「体が第一だと思っているのに、今のお給料以上は維持してほしい」
そんな矛盾だらけの感情に陥りながら、
ふと一人になると
「この先どうなってしまうんだろう…」
考えれば考えるほど、不安は大きくなっていく一方で
毎日がただ苦しく、想像する未来は真っ暗でした。
私たち家族にとって、まさに史上最悪の危機だったのです。
しかし、運命が動き出す
そんなまさに崖っぷちの私たちの目の前に、主人が佐川急便を辞める「最後の日」まさに奇跡といえる運命の出会いが訪れます。
